2009年06月18日

自分が統合失調症であるという診断を認めない

自分が統合失調症であるという診断を認めない(いわゆる「病識」がない)、あるいは医師に対する不信感などから病識が不足している患者が多い。(アメリカでの400人以上の精神障害者を対象にした調査では統合失調症患者の60%、統合失調情動障害患者の約25%に病識がなかった。つまり、「本当は病気で無いけれど強制されて治療を受けている」、「本当はどこも悪くない」、といった考えを持つ症状が見られるという事である。[17])

また、遂行能力(複雑な仕事や課題を順序だてて行ったり、同時に二つの課題を行うことなど)、社会的な状況の判断能力、将来に対する計画性など、現実検討力が通常の範囲を逸脱する程度に低下している患者も多い。

感情の障害 [編集]
抑うつ・不安を伴うこともある。

CT・MRI [編集]
側頭葉・頭頂葉の灰白質の体積の減少を認める。白質の体積は減少していない。

SPECT [編集]
課題遂行中や会話時に通常見られる前頭前野の血流増加が少ないという報告がある。

診断 [編集]
統合失調症で一番目立つ症状は被害妄想と幻聴。 しかし必ずしも上記の症状が現れるという訳ではないので注意が必要。

治療 [編集]
外来治療と入院治療に分けられる。薬物療法が大きな柱となるが、その他の治療法も病相の時期(急性期、慢性期など)に応じて適宜選択される。いずれにせよ、専門医(精神科医など)に受診、相談することが望ましい。

支援者として、精神科医・看護師・精神保健福祉士・作業療法士・臨床心理士・音楽療法士などが専門職としてあげられる。
アジアの美術
よの付く言葉
スポーツのあゆみ
くの付く言葉
名犬マルチーズ
雨模様
猫ニャン
柴犬について
生命の誕生
りんごのほっぺ
版画
オークション
映画館
射撃
応用数学
トリックアート
証券取引所
乗馬
高血圧症
ゲートボール

統合失調症のみならず精神障害の治療や保護、社会復帰などは、一般に精神保健福祉法にのっとって行われなければならない。

薬物療法
主にドーパミンD2受容体拮抗作用を持つ抗精神病薬(日本では20数種類が使用できる)の投与が、陽性症状を中心とした症状の軽減に有効である。近年、従来の抗精神病薬よりも、副作用が少なく陰性症状にも有効性が高いなどの特徴をもった非定型抗精神病薬と呼ばれる新しいタイプの薬剤(リスペリドン、ペロスピロン、オランザピン、クエチアピン)が開発され、治療の主流になりつつある。さらに、最近アリピプラゾール、ブロナンセリンが加わり、日本では現在6種類の非定型抗精神病薬が使用可能となっている。ただ、非定型抗精神病薬が治療の質を向上させたのは事実であるが、新たな問題もある。副作用面では、オランザピン、クエチアピンが稀に高血糖・糖尿病を誘発することがあるなどの新たな副作用にも注意が必要である。また、医療経済的に見るとオランザピン、クエチアピン、アリピプラゾールなどの薬価が非常に高く設定されていることにも批判的な意見もある。
精神病薬の一般的な副作用として、黒質線条体系のドーパミン拮抗作用によるパーキンソン症候群、錐体外路症状、アカシジア、ムスカリン拮抗作用による便秘、口渇、眼のかすみ、抗ヒスタミン作用などによる眠気、体重増加など、抗アドレナリンα1拮抗作用による低血圧が生じることがある。また、統合失調症に抑うつ症状や強迫症状を伴う場合などに抗うつ薬を、不安症状が強い場合に抗不安薬を、不眠が強い場合に睡眠薬を併用することもある。
心理教育
薬物療法によって陽性症状が軽減しても、自らが精神疾患に罹患しているという自覚(いわゆる「病識」)を持つことは容易ではない。病識の不足は、服薬の自己中断から再発率を上昇させることが知られている。病識をもつことを援助し、疾患との折り合いの付け方を学び、治療意欲を向上させるために心理教育を行うことが望ましい。また、患者本人のみならず、家族の援助(家族教育)も行うこともある。精神保健福祉士が主に担当。
ソーシャル・スキル・トレーニング(SST)
統合失調症を有する患者は、陰性症状に起因するためと、社会的経験が不足しがちなことにより、社交、会話などの社会的技能(ソーシャル・スキル)が不足していることが多い。それらの訓練として、ソーシャル・スキル・トレーニング(SST)を行うことがある。デイケアプログラムの一環として行われることが多い。精神保健福祉士・作業療法士が主に担当。
作業療法
絵画、折り紙、手芸、園芸、陶芸、スポーツなどの作業活動を主体として行う治療。非言語的な交流がストレス解消につながったり自己価値観を高めたりする効果がある。病棟活動やデイケアプログラムの一環として行われることが多い。作業療法士が担当。
心理療法
薬物療法と並行して、疾患の心理的な受容、疾患や治療に伴い経験した喪失体験の受容などを援助するために個人精神療法を行うこともある。臨床心理士が主に担当。
社会的援助
治療や社会復帰をすすめるために必要な福祉制度、精神保健福祉法の活用、様々なアドバイスなどの社会的援助を、精神保健福祉士(精神医学ソーシャルワーカー;PSW)などが支援する。看護師と精神保健福祉士が協働する訪問看護などもある。
その他の治療法
難治例や緊張病などで興奮が著しく緊急を要する場合や、重篤な抑うつ症状を伴う例では電気けいれん療法 (ECT) を行うことがある。その他、認知行動療法を行うこともある。

2009年05月31日

インフレの速度別分類

クリーピング・インフレ
ゆるやかに進むインフレ。インフレ率は年数%で、好況期に見られる。経済が健全に成長していると見なされ、望ましい状態と言われることが多い。マイルド・インフレとも呼ばれる。
ギャロッピング・インフレ
早足に進むインフレ。馬の早足を表す「ギャロップ」から。インフレ率は年数十%。スタグフレーションに伴って生じることがある。
ハイパー・インフレ
猛烈な勢いで進行するインフレ。月率50%程度から、極端な場合、一日単位や数時間単位で貨幣価値が変わることもある。通貨の信用が失われた状態である。

賃金も物価の上昇に伴って上昇するが、物価に比べると調整に遅れをとるため、実質賃金が下がり、雇用をふやしやすくなるので失業率は下がる(フィリップス曲線)

物価上昇率が預金金利を上回ると預貯金の価値を実質的に引き下げてしまい、資産家にしわ寄せがゆく。物価上昇率が貸出金利を上回った場合、インフレにより実質的な負債の価値が下がり、その結果実質的な返済負担が減る。
墓石 検定 観光 健康 交通 やせる SEM促進 自動車 経営 癒し リラク ファッション 介護 家具 スクール 関東 学習 動物園 化粧品 SEO対策 エステ マンション 養育 介護 損害保険 メンタル 自動車 セミナー 古着 パソコン 中国四国 育毛 教育 旅館 美容室 北海道東北 化粧品 賃貸 防犯 旅行 グルメ メンタル 電器製品 家庭教師 植物 語学 地域情報 しわ取り 海外 ケア

代表的なインフレ [編集]

世界最古のインフレ [編集]
記録に残る世界最古のインフレはマケドニア王国のアレクサンダー大王の時代の事であると言われている。大王がアケメネス朝ペルシアなどの国々を征服して、征服先の国家の財宝などを接収して兵士達への賞賜(しょうし)に充てた事から、その結果ギリシア世界に大量の金銀が持ち込まれて価格騰貴(かかくとうき)が発生したのだという。

価格革命 [編集]
ピサロによるインカ帝国征服後、ポトシ銀山などから大量の金銀がスペインに運ばれた。1521年?1660年までに運ばれた量は金200t、銀1.8万tと言われる。 これらの金銀は主に貨幣となったため、欧州全域で貨幣価値が三分の一になった。つまり物価が3倍になるインフレーションが起こった。 貨幣供給により商工業の発展が起こり、地代の減少のために封建領主層が没落するなどの社会的変化をもたらした。

2009年04月28日

列強

列強(れっきょう、The Great Powers)とは、主に明治初期から第二次世界大戦頃まで、軍事力によって、または政治・経済力で周りの国々に強い影響力を持っていた強国 (great power) のことである。

現在、広く「強大な国々」を指しても使われるが、帝国主義を暗示するので、単に大国などといわれることが多い。援用としてあるスポーツにおける強豪国を「列強」と呼ぶこともあり、例えばサッカーではFIFAワールドカップの常連で優勝回数の多い強豪国の代表チーム(ブラジル代表、イタリア代表、ドイツ代表など)を指して「列強」という表現が見られる。
列強の共通点として植民地主義、帝国主義を奉じていたことなどがあげられる。潜在的には18世紀頃から存在しており、比喩的に17世紀の強国に用いられることもある。

19世紀初頭のナポレオン戦争後のウィーン体制による五大国(神聖同盟)によって強く意識されるようになった。すべて西洋の大国である。

20世紀初頭の日露戦争終結後から第一次世界大戦の間ごろまでにアメリカ合衆国とアジアから唯一、大日本帝国も列強となった。また、逆にオーストリア=ハンガリー帝国は第一次世界大戦の結果崩壊した。第一次世界大戦後は、ドイツとソ連が国内の混乱により国力が低下し、列強から脱落したと見られ、残りの列強(米英仏伊日)が五大国と呼ばれるようになった。しかし、1930年代後半にはドイツ、ソ連は共に国力を回復させ、列強の座に復帰した。

審美歯科・豊胸関連美容・コスメサーチ
税理士・アルバイト関連最強のビジネス情報
育児・ブライダル関連生活紹介ナビ
多汗症・健康関連ようこそ健康ネット
菜園・おもちゃ関連ショッピングタウン全国情報ガイド
学校・予備校・塾関連暮らしの教育検索
ホテル・キャンプ場関連トラベルナビ
脱毛・スキンケア関連美容全国情報ガイド
ラルース ビジネス支援情報
ペット・住まい関連ライフレシピナビ

なお列強は、複数の大国が競合しあう体制であるため、古い歴史を持つ "大国" とは異なる。ある時代において、大国や強国であった国々を「列強」と擬似的に呼ぶ場合も多い。なお、列強と呼ばれた国々の多くは現在先進国と呼ばれており、G8の一員となっている。


2009年04月12日

左義長

左義長(三毬杖・さぎちょう)とは、小正月に行われる火祭りの行事。地方によって呼び方が異なる(後述)。日本全国で広く見られる習俗だが、東京では江戸時代、万治、寛文と、火災予防のために禁止されて以降廃れた。

1月14日の夜または1月15日の朝に、刈り取り跡の残る田などに長い竹を三四本組んで立て、そこにその年飾った門松や注連飾り、書き初めで書いた物を持ち寄って焼く。その火で焼いた餅を食べるとその年の病を除くと言われている。また、書き初めを焼いた時に炎が高く上がると字が上達すると言われている。 道祖神の祭りとされる地域が多い。

民俗学的な見地からは、門松や注連飾りによって出迎えた歳神を、それらを焼くことによって炎と共に見送る意味があるとされる。お盆にも火を燃やす習俗があるが、こちらは先祖の霊を迎えたり、そののち送り出す民間習俗が仏教と混合したものと考えられている。

どんど、どんど焼き、とんど(歳徳)焼き、どんと焼きとも言われるが、歳徳神を祭る慣わしが主体であった地域ではそう呼ばれ、出雲方面の風習が発祥であろうと考えられている。とんどを爆竹と当てて記述する文献もある。これは燃やす際に青竹が爆ぜることからつけられた当て字であろう。

子供の祭りとされ、注連飾りなどの回収や組み立てなどを子供が行う。またそれは、小学校などでの子供会(町内会に相当)の行事として、地区ごとに開催される。

地方によって焼かれるものの違いがある。

だるまを焼くかどうか
縁起物を祭りで焼く事により、それを天にかえす
目がつぶれるとされ、祭りでは一切焼かない
だるまそのものが登場しない
橙(みかん)は代々続くようにと子孫繁栄を願った物を、燃やし易くする為に踏み潰す事が縁起上良くないとされる。

実施する地域の分布図や形態については、川崎市民ミュージアムに展示がある。

また、実施しない地域でも、ある特定の日にお札を焼く行事を執り行う地域がある(12月29日など)

最近はダイオキシン問題で取りやめているケースもある。

神奈川県大磯町の左義長は重要無形民俗文化財に指定されている。

起源 [編集]
『弁内侍日記』建長3年正月16日、『徒然草』にみえるから、鎌倉時代にはおこなわれていたらしい。起源は諸説あるが、有力なものは平安時代の宮中行事に求めるもの。小正月(正月十五日)、平安時代の宮中で、清涼殿の東庭で青竹を束ねて立て毬杖三本を結び、その上に扇子や短冊などを添え、陰陽師が謡いはやしながらこれを焼いたという行事があり、その年の吉凶などを占ったとされる。すなわち、山科家などから進献された葉竹を束ねたものを清涼殿東庭にたて、そのうえに扇子、短冊、天皇の吉書などを結び付け、陰陽師に謡い囃して焼かせ、天覧に供された。『故実拾要』によれば、まず烏帽子、素襖を着た陰陽師大黒が庭の中央に立って囃をし、ついで上下を着た大黒2人が笹の枝に白紙を切り下げたのを持ち、立ち向かって囃をし、ついで鬼の面をかぶった童子1人が金銀で左巻に画いた短い棒を持って舞い、ついで面をかぶり赤い頭をかぶった童子2人が大鼓を持って舞い、ついで金の立烏帽子に大口を着て小さい鞨鼓を前に懸け、打ち鳴らしながら舞い、また半上下を着たものが笛、小鼓で打ち囃す。毬杖(ぎっちょう)三本を結ぶことから「三毬杖(さぎちょう)」と呼ばれた。

これが民間に伝わり、現在の形になったとされる。どうして現在一般的な「左義長」という字があてられたのは、不明である。

補足 [編集]
国民の祝日の成人の日が1月15日から1月の第2月曜日に変更されたことに伴い、地域によっては左義長を1月の第2日曜日または第2月曜日に実施するところもある。滋賀県近江八幡市の左義長まつりは3月14・15日に近い土日曜日に、担ぎ手の男性が信長の故事によって仮装し「チョウヤレ、マッセマッセ」のかけ声高く実施される。この左義長は据え置く左義長ではなく、三角錐の松明に『ダシ』と言われるその年の干支にちなんだ飾り物(五穀等で飾り付ける)を付け、松明の頭に『十二月』と言われる赤い短冊をつけた5?6mの竹を差して担ぎまわる祭礼である。最終日の夜には担ぎ棒を除いて全て燃やしてしまう。国選択無形民俗文化財に選択されている。

福井県勝山市の左義長まつりは毎年2月に行われており300年以上前から続いている。同じく女装した男性が太鼓を打ち叩き浮かれ踊る。

岐阜県海津市の今尾の左義長も県重要無形民俗文化財に指定され毎年2月11日に盛大に行われている。また、夜になれば秋葉神社に参拝し残り火で餅を焼き、これを食すれば病魔除けになると言われている。

様々な呼ばれ方 [編集]
五十音順

あわんとり(千葉)
おんづろこんづろ
富山県黒部市宇奈月町下立(おりたて)の下立神社で行われる行事。燃え上がる炎が鶴の飛び立つ姿に見え、それが「おおづる、こづる」に、それが訛って「おんづろこんづろ」になった。
おんべ焼き(単におんべとも)
御柴灯(おさいとう)
かんじょ(新潟県村上市岩船)
グロ(島根県大田市五十猛町)
五十猛のグロを参照のこと。
さいと焼き
さいの神・才の神焼き・歳の神(新潟、福島県会津地方ほか。会津地方は後者の「歳の神」と呼ばれる)
塞(さい)の神まつり(富山県下新川郡入善町上野邑町)
さぎっちょ(石川、福井、高知、福岡)
しんめいさん(広島県東広島市安芸津町)
墨付けとんど(墨付け神事)
島根県松江市美保関町片江地区で行われる行事。1月7日に行われる。神輿が練り歩き、参加者や見物人の顔に墨を塗る。稀な例。
墨塗り
新潟県十日町市松之山町の行事。焼きを行った後の行事の名前から。稀な例。焼く対象を「賽の神」と呼ぶ。
とんど(広島県)
とんど焼き
どんと
どんと祭
宮城県仙台市およびその近辺で行われるものの呼称。1月14日夜に正月飾りを焼き、その火にあたると病気をせず健康で暮らせるといわれる。餅を焼くということはなく、だるまは登場しない。子供の祭りともされない。また、特に書初めを焼くということもない。
場所の確保等の問題で年々少なくなりつつはあるものの、各地域ごとの神社で行われてきた。中でも大崎八幡宮のものは20万人以上が訪れるというもっとも盛大なもので、仙台市の無形民俗文化財に指定されている。裸参りと称し、男衆がふんどし姿で練り歩く行事も行われる。この裸参りには、女性の参加も増えている。(女性はさらしを巻く)
大崎八幡宮どんと祭
どんどや(九州)
どんど焼き
どんどん焼き
福間三九郎(ふくまさんくろう)
長野県松本地方の呼称で、同地方で道祖神の祭りを統括する神主の名前にちなむという。だるまは一番目立つ頂上付近に飾り付ける。旧来は1月15日に行われていたが、最近は学校の休みに合わせ、1月7日頃行われるところが多い。「繭玉」と呼ばれる米の粉で作った団子を柳の枝に刺して焼いたものを食べ、無病息災の祈願をする。
ほっけんぎょう(九州/福岡)
やははいろ(東北)

はにー ファイバ ていん| ジェス オフス たけざお おはじき 一等星 アップ ファー イコノロジー プロテイ ローカル シンプ けん蔵 フリース メモリー はこだて マルチ パルプ シェーバー トライアン ミンク ブティッ 翠の月 ゲスロ コピペ シエラ ネガティブ ずいき ゼンマイ きない トロッ デニール プロデビー ハネム オフタ リヤカー ドーミー カーウォ ボーイ 三和音 ゾル ぎぼう 大逆転 小さい魔女 ソダラ 夢列車 ゴスロ マジッ

2009年03月28日

日本における性科学

日本においては、産婦人科医や臨床心理の専門家などが集まり、日本性科学会を造っている。この学会は、性の現象に関し、広く知見や知識を求めて、学際的な交流を進めると同時に、性の問題に悩む人々の生活を改善し向上させるため、カウンセリングやセックス・セラピーを行う専門家を育成し、資格認定を行うことを、その中心活動としている。

性の研究の歴史 [編集]
古代ローマの詩人オウィディウスが紀元前3年頃に著した『愛の技術 (Ars Amatoria)』を始め、ヴァーツヤーヤナ(年代不詳)が著したとされるインドにおける性の教典である『カーマ・スートラ』(1世紀から6世紀頃)、16世紀のアラビアにおいてマホメッド・エル・ネフザウィが著した『匂える園』等、古来から性的行為のマニュアルは多数存在する。

しかしながら、これらはいずれも、経験的に蓄積された性の技術知識の雑然とした集積であり、また文学でもあった。当然、科学的または医学的研究の主題として「性」を扱ったものではなかった。
ババロア フィラン マッチン ビジネス ハワイ ヒューズ ダグアウト マルチ プレムハブ スノーフ 流星群 にんきょう ミステ ぶんぶん ブラテ ハイヒール シングル ラバト ブルンジ バックオ ナッソー トラン ラムサー 鈴蘭 セラセラ つるみ マルセイ コピーイノ ゲーター ブラッド トパイ バーバレ パブリ レベニュ フォーム メタ いささや ハイウエイ ダルトン ハリアー ビーコン ガター サイドカー あぼがど ジンセン スプリング ユリノ ジャーゴン アニムス ビッドレ

性的行為や性関係をめぐっては、社会共同体の構成原理やその機構とも密接に関連するため、様々な社会的規範や道徳的な基準が存在して来た。性をめぐる禁忌は多く、「正常な性的行為・性関係」が社会的・文化的規定される他方、人間の性の実際のありようについて、これを公的に言及することが避けられる傾向も多くの社会には存在した。

20世紀に入り、西欧においては、従来キリスト教的な宗教的道徳的視点から、異常行為・犯罪ともされていた「同性愛」が、犯罪ではなく、異常でもないという意見が、性の研究者たちによって主張された。また、フェミニズム運動やジェンダーの問題も提起され、「正常な性」だけを科学の対象とするのではなく、周縁の抑圧され否定されて来た性の現象も「性の科学」において扱うべきであるとの潮流が出現した。

このような流れにおいて、20世紀における「性の科学」運動以前で、最も初期の科学的な性の研究者は、リヒャルト・フォン・クラフトエビングである。彼はその著書『性的精神病理 (Psychopathia Sexualis)』において、性倒錯の系統的類型記述を初めて行い、また同性愛等についての実証的研究を行った。

19世紀の終わりから20世紀の初めにかけて、ジークムント・フロイトが精神分析の理論を提唱した。フロイトの理論は、人間の心理と行動は、無意識におけるリビドー(性的エネルギー)によって規定されるとしたため、精神分析学は、人間の性の現象や性行動を解明できる理論であると期待されたが、理論は科学的とは言い難かった。

1919年、人間の性の現象を総合的に研究しようと企図して、マグヌス・ヒルシュフェルトは、「性の学 (Sexualwissenschaft)」を提唱し、ベルリンに「性学研究所 (Institut fur Sexualwissenschaft)」を設立した。しかし1933年5月6日、政権を掌握したナチスによってこの研究所は破壊され、蔵書も燃やされた。

1947年、アルフレッド・キンゼイはインディアナ大学ブルーミントン校に Institute for Sex Research を設立した。この研究所は現在では、「 Kinsey Institute for Research in Sex, Gender and Reproduction(性、ジェンダー、生殖に関するキンゼイ研究所)」と呼ばれており、人間の性、ジェンダー、および生殖の分野における学際的な研究を行い、性に関する研究の促進を目的とする。「キンゼー研究所( Kinsey Institute )」と略される。

キンゼイの統計的手法による社会学的調査と研究は、多数の実証的成果を挙げ、性に関する多様な事実知見を公にした。人間の性関係や性のありようを、「正常な性」に限局しようとする従来の医学や心理学に対し、人間の生の現象の多様性を事実として科学的に認め研究しようとする方向が確立したとも言える。「性科学」もまた、このような趨勢に応じて、学際的な知見を元に、多様な性の現象に対応することを目指している。

性科学の関連分野 [編集]
人間の性(human sexuality)の現象は、身体の生理学、身体医学、心理学、精神医学、社会学、文化人類学などと密接に関係し、更に、性的快楽とは何かということに関連して、大脳生理学・神経生理学の分野にも広く知見・知識を求める。「性の研究」は、このように諸分野を横断した「学際性」を備えている。

広義の性科学の構想 [編集]
このことから、性行為における身体的・心理的な質性(クオリティ)の実現と、その結果(妊娠・出産や性感染症)への対応をプラグマティックに研究することを基本とする「性科学」とは別に、人間の性の現象全般を、学際的な広域メタ科学・メタ学問として展望しようとする考えが存在する。「広義の性科学」とは、このようなメタ科学(総合科学)である。

しかしこのような「広義の性科学」は、科学・学問としてどのような研究原理に依拠するのか、また体系性や巨大学問としての整合性において、単に構想を述べることはできても、実際の体系的学問としては構成することが極めて困難である。また学問としての具体的なありようも判然としない。現実にも、そのような広範な領域を横断した総合科学は存在していないのが実状である。

「広義の性科学」は、構想において展望されているのみであり、今もなお実証的な体系的学問としては実在していないことに注意せねばならない(以下の「通俗性科学」とも連関して、一部に、このような体系的学問が実際に存在しているかのごとき「虚偽」を喧伝する者が存在している)。

通俗性科学 [編集]
「広義の性科学」の構想と関連して、「性科学」はそのプラグマティックな性に関する技術知見の集積という性質から、容易に科学性の欠如した、通俗的な俗信に陥る危険性を持っている。例えば、「多数の男性と一度に性行為をすれば(乱交すれば)、妊娠を免れる」というような「性の技術知識」は、科学的に根拠希薄である性の迷信・俗信の類であるが、このような主張が、「性科学/性科学者によれば」と言うような形で、権威付けされることが多々ある。

科学的知識と、科学的検証を経ていない経験的知識や俗信の類は、厳密に区別せねばならない。科学としての性科学は、おのずから科学であるが故の厳しい基準で自己を律する必要がある。しかし、現状として、性に関する科学的知見と根拠薄弱な俗信、また性に対する偏見に起因すると考えられる臆断がないまぜとなったような内容の本が、「性科学・セクソロジー」の名を冠して出版されるなどの弊害が存在している。

性は人間にとって余りにも普遍な事象で、人間の生にとって重大な意味を持つことより、科学としての性科学以外に、科学とは言い難い知見や見解が、性科学の名のもとで語られることが実際にある。しかし、このような用法での性科学は、「通俗性科学」として、科学としての性科学とは峻別せねばならない。

2009年03月13日

トシェビーチ

トシェビーチ(チェコ語:Třebíč、ドイツ語:Trebitschトレービチ)はチェコのヴィソチナ州トシェビーチ郡の都市。人口は約4万人でイーフラヴァ川の近くに位置する。

1101年 ベネディクト会修道院の設立。
1277年 トシェビーチの町の存在を示す最古の痕跡。
1335年 王都ズノイモと比肩する都市の資格を得る。
1338年 ユダヤ人居住区(セツルメント)に関する最初の文献が著された。
1468年 ハンガリー王マーチャーシュがトシェビーチを征服。
19世紀 皮なめし工場と靴工場の拡張。
1871年 チェコ語による教育を行なうギムナジウムが設立。
1886年 トシェビーチに鉄道が開通。
1930年 製靴業の発展と今日のボロヴィナ地区における労働者居住区の建設。
1939年?1945年 ユダヤ人281人がテレジンをはじめとしたナチス・ドイツの強制収容所へ送られる。
1970年代 から1980年代 新宅地造成、人口が増加。
1990年代 市街地の再開発。
2003年 ユダヤ人地区と聖プロコピウス聖堂がユネスコの世界遺産に登録される。
ボロヴィナ(Borovina)- 526戸、5864人
ブディーコヴィチェ(Budíkovice)-61戸、199人
ホルカ・ドムキー(Horka Domky)-1158戸、7788人

トシェビーチでは1871年から1886年までオムニバスと呼ばれる乗合自動車が都市交通機関として機能していた。今日のトシェビーチ市内には幹線道路(I/23およびII/360)が走っており、ブルノからイーフラヴァへの鉄道乗換駅ともなっている。鉄道駅はトシェビーチ駅とトシェビーチ・ボロヴィナ駅がある。このほか、バスターミナルもある。

ユダヤ人地区と聖プロコピウス聖堂がユネスコの世界遺産に登録されている。

聖プロコピウス聖堂は、後期ゴシック様式の特徴を備え、5枚のがく片と5枚の花弁をもとに表現された薔薇窓はゴシック様式の三つ葉や四つ葉、生命の輪、聖母マリアのシンボルなどと対照をなしている。
大和撫子 きゃく サバンナ スキニー 情熱支援 ジャング ナリー ハンドカ ヒットパレ シリング ファンキー サーモス カペラ サラリー ニッケ フリフリ シュプネ ルサン レセプト パング テーション ジェロ スイス イライン おりあお パラシ バーゼル 夢街道 桜雨1押 ノート ワスレ どんしゅう プリン ジャスラック レア日本 永遠偉 白い街 パイロット ブイディ ストーブ チャウダ トカラ 管弦 アビブ スター スティック オモ モカ モンタナ ほうすう

聖堂は12世紀初頭、ベネディクト会の修道院として設立された。経済的に恵まれたこの修道院の存在が周辺地域の商業化につながり、都市トシェビーチの成立につながった。修道院の建物はヴァーツラフ1世の時代および15世紀末に改築が行なわれている。16世紀前半期には修道院の一部が城となり、のちのバロック様式に改修された。18世紀はじめにはチェコの建築家であるフランチセク・マクシミリアン・カンカ(Frantisek Maxmilian Kanka)によって、窓を拡張し、控え壁を加え、南西の塔の再建、ゴシック風バロック様式による2つの塔を備えた新たな西正面部分といった聖堂の改築が行なわれた。

1990年、イーフラヴァ川の両岸にわたるトシェビーチの歴史地区は保護地域に指定された。この地域には、ユダヤ人地区をはじめ、聖プロコピウス聖堂、城、庭などが含まれている。

2009年02月24日

ファイブスター物語

4つの恒星で構成されている「ジョーカー太陽星団」が物語の舞台となっている。科学文明がその頂点を極め緩やかに衰退を始めている世界で、光の神・天照(アマテラス)とその妻である人工生命体ファティマ・ラキシス、そしてファティマと共に最強の戦闘兵器モーターヘッド (MH)を駆る戦闘人間ヘッドライナー(騎士)たちの、数千年に及ぶ光と影の歴史が描かれていく。

本作の特異的な点は、作品の年表が連載開始時以前より公開されていることである。何世代にも渡る人々の歴史が記されたその年表の存在により、読者はどのような出来事が起こるかを予め理解して物語を俯瞰することとなる。本編の展開は第1話から時間の流れに従って進められているが、所々に読者に印象付けるまたは重要な伏線として過去や未来の場面が挿入される。例えば物語は第1部のエンディング部分から始まり、再び第1話の冒頭に戻りエンディングに向かって物語は進んでいく。

しかし年表(作中では「星団史」「星団歴」と呼ばれる)が明らかになっていても、登場人物がどのように生きたかまでは年表には記述されていない。歴史の表舞台や裏舞台が描かれることにより、歴史の詳細が明らかになっていく(ただし、それまでの年表をはじめとした設定の細部が修正されることは時々行われている)。それらをつまびらかにしながら歴史という物語を動かし、世界の姿を再構築して提示する手法を本作品はとっている。この手法は年表と本編との存在は、『スター・ウォーズ』の先行公開された原作とそれを元に製作される映画と同様の関係であると作者自身が語っている。また、超科学技術と歴史的様式美とが共存する世界観、「フォース」と呼ばれる超能力、ジェダイのような存在の「騎士」、ライトセイバーに似た光剣「スパッド」など、作品の設定の多くにも『スターウォーズ』の影響が見られる。

また、神道や神話的な意味合いでの「神」や「悪魔」が作品に登場している。そして作者は「この物語は『おとぎ話』である」と断言している。

作品登場の背景
本作品の著者である永野護は、テレビアニメ『重戦機エルガイム』で主にキャラクターデザイン・メカニックデザインを担当していた。デザインを練る上で永野は、原作者ではないものの作品上には出ない背景となる設定などの創作も行っていた。これらが後に角川書店から出版された重戦機エルガイムのムックにて、登場人物やメカニックの設定として公開したことからこの作品の企画が始まる。ちなみにエルガイムの舞台は、5つの惑星からなる太陽系サンズである。その背景設定「The Five Star Stories」は、歴史年表と数々の設定・多数のイメージボードなどで構成されており、『エルガイム』のファンを大いに喜ばせるとともに、ストーリーテラーとしての永野への期待を高めた。

『エルガイム』の放送は1985年春に終了した。永野と角川書店は「The Five Star Stories」の漫画化を構想したが、永野は漫画家としての技能には精通していなかったことから習作を行うことを決めた。角川書店が創刊したアニメ雑誌『月刊ニュータイプ』の創刊号である1985年3月号から連載された『フール・フォー・ザ・シティ』(「FOOL for THE CITY」、略称「FFC」)である。FFCは永野の趣味のロックを題材とし、自分の中で暖めていた(そして『エルガイム』ファンにも馴染みの)キャラクター群を用い、独特の作画・題材・切り口により人気を博した。FFCの終了とともに次回作として1986年4月号より『ファイブスター物語』の連載が開始された。なお、FFCは『ファイブスター物語』と世界を同じくし、FFCの登場人物がファイブスター物語の年表にも登場し、本編にも登場するかもしれないという期待を読者に与えている。

もともと永野は、音楽のみならずファッション・兵器・自動車・バイクなどの造形やデザイン面など様々な分野に造詣が深く、『エルガイム』放送当時からそのメカニックデザインはファンの注目を集めていた。そして連載第1話において、本作品の魅力の一つである全高十数メートルの巨大なロボット「モーターヘッド (MH)」が対峙する姿をあおりにより見開きページに収めた。これは『ゴジラ』に連なる怪獣映画をオマージュして描かれており、その迫力は読者の目を釘付けにした。また『フール・フォー・ザ・シティ』に引き続き、作者の嗜好によりMHや登場人物の名前はバンド名や音楽機材に由来するものが多い(たとえばMH「サイレン」の名はロキシー・ミュージックの5枚目のアルバムに由来する)。

以来本作品は一部のファンの絶大な支持を集めている。しかし難解な部分もあり、連載途中からの読者をファンとして獲得するのは容易ではないとする意見もある。様々な理由で休載されつつも連載され、現在は作者がアニメーション『GOTHICMADE ゴティックメード-花の詩女-』(略称GTM)を製作するとして2004年12月号をもって休載している。再開時期は未定だが、永野は設定資料集『F.S.S.DESIGNS』第1巻のあとがきで、単行本第20巻に相当する部分までのストーリーとデザインは構想済みで、第4巻の発刊と同時に連載の再開を予告している。単行本は2006年現在で第12巻まで発行されている。

クラウン大銀河に存在する4つの恒星系(イースター、ウェスタ、サザンド、ノウズ)と長大軌道を持つスタント遊星により構成されるジョーカー太陽星団が、この物語『ファイブスター物語』の主な舞台である。星団には極めて発達しつつも緩やかに衰退を始めている文明が存在している。4つの太陽系の幾つかの惑星に居住している人類は、無数の国家を形成し、国家は互いに勢力拡大を争っていた。

その国家間紛争の切り札が、「モーターヘッド」(作中ではMHと略して表記することが多い)と呼ばれる人型の巨大ロボットであり、過去の超文明の血を受け継ぐことにより超人的な戦闘能力を持ち、MHを操ることができるヘッドライナーたち(人々には「騎士」と呼ばれる)であり、その両者の仲立ちをする人工生命体が「ファティマ」である。

そのジョーカーにおいて、人類を遥かに凌駕する2つの存在が出会い結ばれる。一人は、惑星デルタ・ベルンの統治者であり、星団随一の美貌と頭脳、そして数々の神技を持つ「光の神」アマテラスのミカド(天照帝)。もう一人は、狂気の天才科学者Dr.バランシェが創造した、アマテラスと同等の力を持つ「超生命体(ダブルイプシロン・ヒューマン)」ラキシスである。やがて彼らは星団全てを戦火に巻き込む大侵攻を開始する。人類の生存と誇りを掛けた神との戦いが展開される。

この物語は、数千年の歴史の中でジョーカー太陽星団において繰り広げられる、騎士・ファティマ・MHを中心とした文明と人々の営みの因果と帰結を描く壮大な叙事詩である。

騎士
騎士とは、驚異的な身体能力から、戦闘兵器モーターヘッドで戦うことを生業としている人々を指す。その力は、太古の戦闘人種の血が発現した結果である。騎士の遺伝情報は、全星団の人々に行き渡っているが、一般には その発現率は極めて低い。

ダイバー
ダイバーとは先天的に備わるいわば超能力、ダイバー・フォースを持つ人々を言う。太古の超帝国が遺した力であるが、騎士よりも、さらに稀な存在である。 ダイバー・フォースには「ダイバーパワー」・「パラ・サイマル」・「ハイブレン」・「ルシェミ」の4種がある。

ダイバー・パワー
物理的に作用する能力。
戦闘に参加するダイバーの多くはこれである。ダイバー・フォースで代表的な能力である為、他の3種の能力の持ち主であってもダイバーと称することが多い。
パラ・サイマル
予知や探査など精神的現象を扱う能力。
物理的に何かに影響を与える能力ではないため、直接には戦闘に参加はしない。
ハイブレン
生物を制御する能力。
超帝國の支配者が持っていた代表的な能力で、ハイブレンで騎士を支配・利用することで民衆をより強固に支配していた。
ルシェミ
物質を変性させる能力。
騎士や兵器など技術開発に貢献したが、現在では消失している。しかしファティマやモータヘッドの製作者であるマイトは素質的にこの能力を持っているという。
トロラン マケド サイフォ 支援ハム ファー キール ジェット レーダー ロールオ デイゲ モール かでな ルーレット タラソテ アーク コート ユークリッ さがほのか ピュービッ チリメン マーク リスク シルク カーゴ 未来の地図 ほこた クローズ ナチズ リバイ スベタパ イヌホ 一所懸命 リズミカル ジンマオ 星空の ロマンチスト ヒメジョオ ケジャン フェースラ デコサ タート ニンフ パラフェニ 浮草の宿 プレイボ カミーン チボール かせい アイト ユキモチ

モーターヘッド
最強の戦闘兵器である巨大人型ロボット。驚異的な戦闘人種である騎士の力を完璧にトレースすることが可能である。敵の攻撃からの回避能力が非常に高いので、モーターヘッドを倒せるのは、モーターヘッドだけであるといわれる。管制システムとして、生体コンピュータであるファティマの搭載を必要とする。

ファティマ
ファティマとは、モーターヘッドを操縦する騎士を助ける、生体コンピュータのことである。その演算性能は、多様なパターン処理への対応能力と安定性において、通常のコンピュータの追随を許さない。

その他
AD世紀
星団歴の時代より以前を、AD世紀と呼ぶ。「エンシェント・ディメンジョン・センチュリー」の略で、星団歴に先行する10,003年間の時期を指す。AD4000年頃成立したファロスディー・カナーン超帝國の初代皇帝アッセルムラトワ・ディスターブと、第9代皇帝AD9(ナ・イ・ン)の治めていた時期が、ジョーカー人類の文明の最盛期だと言われている。AD世紀の情報の大部分は、星団歴には伝わらず、失われた。一部の技術情報のみが残り、利用されている。
イレーザー・エンジン
MHのエネルギー源。のみならず宇宙艦船から民生用のディグ(浮上式バイク)にまで装備されている普及したエネルギー源である。AD世紀に開発された技術で、光を動力源とし、永久にエネルギーを取り出すことが可能であるという。
懐園剣(かいえんけん)
アマテラスとラキシスの娘カレンが作り出したとされ、一振りの光剣と大太刀(実剣)とが対となっている。時や空間など次元を超え数々の強力な騎士に受け継がれたといわれる。「ミスト・ブレーカー」と呼ばれることもあり、単に懐園剣と表記した場合は、大太刀の方を指す事が多い。
光剣はジョーカー宇宙でのみ力を発揮し、大太刀はタイカ宇宙でのみ力を発揮するという。
旗騎
国家を象徴するモーターヘッドの事。それぞれその名に見劣りしない高い性能を持つ。
スパッド(光剣)・スパイド(実剣)
騎士が主に使用する武器。超絶な反射神経と運動能力を持つ騎士の闘いにおいては、銃などよりもはるかに有用な武器であり、騎士の身分の証明にもなっている。また彼らの駆るモーターヘッドの主武装でもあり、MHを破壊できるのは基本的にMHの剣のみである。
スパッド(光剣)はレーザー剣。軽量で携帯が容易。スタンモードに切り替える事で峰打ちも可能。
スパイド(実剣)は重くて携帯には不便だが、玉鋼を鍛え上げた その威力はスパッドの比では無い。ちなみにJOTA宇宙騎士団ではスパッドの事を「ダイナミック・オプチカル・スオード」、略して「D.O.S(ドス)」と呼ばれ、スパイドは「ヤパニーズ・プレシジョン・アームス」、略して「JAP.P.A(ヤッパ)」と呼ばれている。
星団暦
星団共通の暦。本作品の主な時代背景でもある。人類生存4惑星の諸国間で条約(「歴史年表」では「協定法案」と呼ばれる)が締結されたAD世紀10,003年をもって星団暦元年としている。
星団法
星団の全ての国にまたがる憲法的法律。度々改正などの会議が行われている。星団暦2310年に発明されたファティマも、星団法での規制対象となっている。
星団法は星団暦2000年代初頭、フィルモアやクバルカンといった当時の列強国にグリース、コーラスなどの新興国、さらに聖宮ラーンが加わって制定したとされている。惑星デルタベルンのグリース王国パトラクシェ島(のちのフロートテンプル)には星団法制定を記念したモニュメントが存在する。
ドーリー
MHを運搬する車両。MHの騎体のほか、修理設備と部品・オプション兵器などを搭載する。搭載MHは1騎で騎士が車長を務め、騎士とファティマや部下や客人などが住まう居住施設も備える長期滞在が可能なものが多い。地上走行型をモータードーリー、浮上飛行型をエアドーリーと呼ぶ。
『重戦機エルガイム』の企画段階で『リビングクローラー』という類似する車両がデザインされており、これを転用したものと思われる。こちらにはバリエーションとして宇宙用があり、ラフ・スケッチにはドーリーそっくりの車両が直立したまま宇宙空間を移動しつつ、戦闘機のようなものを発進させているという姿が描かれていた。
ドラゴンドロップ
ボォス星に生息する5体のドラゴンの分泌物。宝石として星団最高の価値を誇り、所有者はドラゴンにより願いを叶えられると言われている。色はドラゴンにより異なり、これまでサンダードラゴンがファティマ・静に与えた青色の物と、すえぞう(L.E.D.ドラゴンの幼生)がラキシスに贈った赤色の物とが登場している。
バスター砲
AD世紀に超帝國が開発したバスター・エネルギーを利用した強大な威力を誇る兵器。その想像を絶する威力により、戦争での使用は星団法で全面使用禁止となっている。しかし反面、国家の主な艦船には装備されており、MHにもオプションとして用意している騎士団も少なくない。そのような状況下でバスター砲が滅多に使用されずにいるのは、バスター砲で土地を破壊してしまうと占領する価値がなくなってしまうため、また前述の星団法による規制により、戦場でバスター砲を使用した国家は他国から孤立してしまうためである。
構造により3種類ある。しかし種類によっての威力の違いはない。
バスター・ロック
砲身とイレーザー・エンジンが一体となっている形式。巨大になるために艦船などに装備されることが多い。ユーバー・バラダ大公やシーブル国軍が使用したが、前者は発射前にK.O.G.のバスター・ランチャーで逆に撃ち落とされ、後者はシュペルターのバスター・ランチャーにて砲弾を対消滅されている。
バスター・ファウスト
砲身とイレーザー・エンジンが個別に存在する形式。MHが装備するサイズも可能だが、対MHには命中しないので意味がない。
バスター・ランチャー
砲身のみでイレイザー・エンジンは他で用意する形式。エンジンにより威力が変わり、エンジン側の出力制御により威力が変えられるという特徴がある。サイズは最小のA型から最大のE型までが存在する。本来使用できない兵器であるが、MHが装備するのはこの形式がほとんど。固定装備としているMHはミラージュ騎士団のみである。砲身を二つ折りにして携行しやすくしているK.O.G.や、E型のうえエネルギーをカートリッジ化して連射を可能としているヤクト・ミラージュまで様々。
フェザー(fesor)
全星で流通、使用される通貨。価値は1フェザー≒500円と設定されている。貨幣や紙幣には高度な偽造防止対策が施されているが、一般にはクレジットカードが普及しており、現金が用いられることは一部地域を除いてほとんどない。「フェザーゴールド」と呼ばれる高額金貨も存在する。

主要な惑星と主要勢力等
ジョーカー太陽星団は、イースター、ウェスタ、サザンド、ノウスの4つの太陽系と、移動性太陽系スタント遊星によって構成される。56億7000万年後の変わり果てたジョーカー太陽星団にはフォーチュンという星が存在するらしい。

なおGTMの公開されている断片的設定はFSSの設定に似ており、GTMは形式を変えたFSSの一部ではないかとする意見もある。

2009年02月08日

事大主義

事大主義(じだいしゅぎ、朝鮮語:????/サデジュイ)は、大に事(つか)えるという考えと行動を表す語。外交政策の一つでもある。
リクエ ロジック ヒエラル ピーピーエ ラチェット カクシダ インタレ おおは ビジョ ラック プラム 菜の花 さとうき ビルボ ジュース ドウダ ぐぁば ラディ ロープ キャデ ブラッ かかお シューズ 総合ツタ ドクトル かじか オガタ ハルニレ シンプレ スカート あくふ スペルマ ロット モレーン キャッ スプリン たいめし支 テンソ モー シニフィ オウツ ファーザー ヒドラ レッドス ばらいろ ルビ ガーナイト コペン ワエロ フィス

事大の語源は『孟子』の「以小事大」(小を以って大に事(つか)える)である。孟子には越が呉に仕えた例が知恵として書かれている。漢代以降、中国で儒教が国教化されると華夷思想に基づく世界観が定着し、またその具現化として冊封体制、周辺諸国にとっての事大朝貢体制が築かれることになる。

冊封体制による外交を「事大外交」と呼ぶ場合があり、この意味では新羅・高麗・李朝など朝鮮半島に生まれた王朝の多くは、中国大陸の中原を制した国家に対して事大してきたことになる。しかし中国王朝への朝貢しつつも、新羅や高麗は中国王朝との対決や独自の皇帝号の使用なども行い、硬軟織り交ぜた対中政策を取った。

しかし李朝の場合、その政策は『事大交隣』といわれ、事大主義が外交方針として強いものだったとされる。李朝を開いた李成桂は、威化島回軍(1388年)の際に「小をもって大に事(つか)ふるは保国の道」と唱えて明との開戦を決定した当時の高麗政権を倒し、明王朝を開いた朱元璋もこれに応えて李朝建国直後の1392年に「声教自ら由らしむ」ことを条件に独立を保証する事を約した。16世紀朱子学の系統化が進むと、事大の姿勢はより強化されていく事になる。つまり、冊封体制を明確に君臣関係と捉え、大義名分論を基に「事大は君臣の分、時勢に関わらず誠をつくすのみ」と、本来保国の手段に過ぎなかった事大政策それ自体が目的化されるようになる。こうした影響は李朝の内政面にも表れ、明人であればたとえ海賊であったとしても処刑することは出来ず、明へ丁重に輸送しなければならなかった。そのため、後期倭寇と直接対峙した地方の武将達は戦闘のさ中に日本人と明人の判別をつけるという難題に晒され、明人を殺害したとして処罰される者すら存在した[2]。こうした姿勢は李朝末期においてもなお継続され、清皇帝を天子として事大することを名目として、近代化に反対する勢力が存在し、彼等は事大党などと呼ばれた。対して近代化論者には欧米中心の世界認識と伝統的小中華思想を結合させ、清朝を侮蔑したものも多かった。

李朝の事大主義は伝統的な華夷秩序で合理化された。李朝における華夷秩序は、自らを中華に並ぶ文明国とする一方で、政治的には明に事大する臣下と位置づけていた。17世紀、女真族の清朝が漢族の明朝に取って代わり中原支配を確立させると、李朝の儒者たちはそれまで夷狄、禽獣と蔑んできた女真族に中華を継承する資格を認めず、李朝こそが唯一の中華文明の継承者だと自負する一方、現実には清朝に抗い難く、丙子胡乱により仁祖は三跪九叩頭の礼をもって清への臣従を誓わされることになる。

李朝の事大主義の実際の要因としては高句麗・渤海滅亡後には朝鮮半島の諸国家には中原に覇を唱える中華帝国や満州・蒙古の遊牧帝国に対し軍事的に防戦できず、又高麗の元への降伏以降は朝鮮独自の皇帝号の使用が厳しく中華帝国から監視されるようになったため、事大主義を安全保障上も取らざるを得なかったことなどがあげられている。李朝末期には政変が起きるたびに、清、ロシア、日本、アメリカなどさまざまな国に事大先を変え、国内の統一が取れなくなり、ついには日本との併合を迎えることとなった。

ただし近年では、近世期の朝鮮王朝も単純な事大思想に染め上げられていたわけではなく、独自文化への矜持と事大思想、小中華思想などが複雑に対立・並存していたという視点も提示されている[要出典]。現在の韓国においては、高宗や閔妃の事大先を次々に変えた行動を朝鮮の独立を守るためであったと高く評価している。

現在の韓国はアメリカに、北朝鮮は中国に事大しているといわれることもある。とりわけ韓国の反米勢力はアメリカとの協力関係を「事大主義」と呼んで批判している[要出典]。

日本
日本には「事大」という政治的用語も明確な概念もなかったが、中国大陸の諸王朝の冊封体制下に入りこれを政策的に利用しようとした時期も存在する。

「後漢書」によると建武中元二年(57年)、博多湾沿岸に所在したと見られる倭奴国の首長が、後漢の光武帝から倭奴国王に冊封されて金印(委奴国王印)の賜与を受けており、また倭国王の帥升が永初元年(107年)に生口を献じてきたとする記述がある。この朝貢は5世紀末頃まで断続的に行われた。この時期の倭国王(倭王)は、中国史書に名が見える者が、讃、珍、済、興、武という5名おり、これら五王による中国への冊封要請遣使は、4世紀後期から倭国が朝鮮半島南部の伽耶諸国群へ資源・利権獲得のために介入しようとしたため、その地の冊封を受けて大義名分を得ようとしたものと考えられている。

また室町幕府の三代将軍足利義満は九州の商人・肥富なる者から対明貿易が莫大な利益を生むことを聞いていた。だが明は華夷思想のイデオロギーから、朝貢を建前とする貿易しか認めなかった。義満は1401年5月13日、肥富と仏僧・祖阿を明に派遣し、国交を申し入れた。明の使者は翌1402年8月3日に来日し、義満の申請を聞き届ける旨の国書を手交し、ここにいわゆる勘合貿易が開始された。明の使者が携えてきた国書には「爾日本国王源道義」即ち、義満を明の属国・日本の国王として認めるという意味の表記があった。対して義満は、明への国書に明皇帝の臣下・日本国王源(義満)という意味の「臣源」と記すありさまであった。義満が国内での権力を確実にするためには潤沢な資金を要し、莫大な利益をもたらす対明貿易を継続する上で、冊封体制下に入るのを黙認するのは必要不可欠であった。義満は名を捨て利を取ったものと言えるが、当時からこれには幕府内部にも批判が多かった。だが義満の権勢の前では公の発言ができず日記などに記すのみであった。義満の死後、こうした批判は表に現れ、勘合貿易はいったん廃止される(六代将軍・足利義教がのちに再開)。

一方で、日本には中国を中心とする事大的世界観への拒否反応も強く、倭王(一般に聖徳太子とされる)から隋の煬帝に宛てた国書の書き出し「日出處天子致書日沒處天子無恙云云」は対等外交を明確にしたものとして有名であるが、煬帝は中華的世界観と相容れないこの文面に激怒したと伝えられる。また第一次朝鮮出兵(文禄の役)の講和交渉で、豊臣秀吉は文禄5年(1596年)九月、来朝した明の使節と会見した。秀吉は明が降伏したという虚偽の報告を受けていたが、明の使節の国書の内容は秀吉を「日本王と認め、朝貢を許す」といったものであった。秀吉はこれを日本を属国視するものとしてかえって激怒し、使者を追い返し朝鮮への再度出兵を決定した。

江戸期の複数の笑話本に、儒学者が四谷から新宿(当時は田舎であった)に引越し、なぜわざわざ不便な土地へ引っ越すのかと聞かれ「唐に三里近いからだ」とまじめに答えたという小咄が記載されている。無論これは笑話としての創作であるが、当時の儒学者が唐を孔子の本国として偶像視する傾向と、同時にそのありさまが冗談の種にされていた当時の社会的風潮をよく伝えている。

2009年01月23日

秋原小学校に通う明るく前向きな性格の少年

光 熱斗(ひかり ねっと)
秋原小学校に通う明るく前向きな性格の少年。勉強は不得意だが、ウイルスバスティングで才能を発揮し、ロックマンと共に世界の危機を救う事になる。また「1」?「5」までは秋原町で生活するが、「6」では才葉シティに引っ越すことになる。最終作の「6」のエンディングで大人になった後、科学省の職員となり、メイルと結婚した。そして彼女との間に来斗(らいと)という息子が生まれ父親になった。
ロックマン
正義感が強く生真面目な、熱斗のネットナビ。装備武器はロックバスター。世界初の「心を持ったネットナビ」。心臓病「H・B・D」で亡くなった熱斗の一卵性双生児の双子の兄、彩斗(さいと)のDNAデータを人格データに変換し、「エクサメモリ」という圧縮プログラムに取り込み、ナビに移植したことで誕生した。そのため、シンクロ率が100%になることで、ロックマンが受けたダメージが熱斗に伝わる危険性があった。「1」のドリームウイルスとの戦いの前に敗北するが、「saito.bat」を使用しダメージ伝導を受け入れることで復活した。普段は、普通のナビのように振る舞っているが、兄(光彩斗)として顔がのぞくこともある。
桜井 メイル(さくらい - )
熱斗の幼なじみ。ピアノが得意。危険に飛び込んでゆく熱斗をいつも心配している。「6」のエンディングで大人になった後、熱斗と結婚して専業主婦になり、息子・来斗(らいと)を出産した。
ロール
メイルのネットナビ。優しい性格の持ち主で、戦闘よりもヒーリングが得意。
大山 デカオ(おおやま-)
熱斗の同級生でガキ大将タイプ。いざというときは頼りになる人物。「6」のエンディングで大人になった後、秋原町の町長になった。
ガッツマン
デカオのネットナビ。攻撃方法は大きな体躯を生かした力任せのものが多い。
綾小路 やいと(あやのこうじ-)
熱斗の同級生で大富豪の娘。上記の3人より3歳年下だが、IQが高いため特別に飛び級している。PETの操作が苦手。「6」のエンディングで大人になった後、父親の会社を継いで社長になった。
グライド
執事のような丁寧な言葉遣いが特徴の、やいとのネットナビ。性能が高いため、やいとのオペレート無しでも他のナビを寄せ付けない強さを誇る。
伊集院 炎山(いじゅういん えんざん)
政府公認の腕をもつオフィシャルネットバトラーのエース。クールな性格で熱斗のライバル的存在。巨大企業、I.P.C(伊集院PETカンパニー)の御曹司でもある。最初はナビを道具としか見ていなかったが熱斗と出会い自分にとって大切なものだと考えを改めた。「6」のエンディングで大人になった後、国際オフィシャルネットバトラーの長官になった。
ブルース
炎山のネットナビ。冷徹な仕事ぶりで犯罪者達に恐れられている。主にソードを使った攻撃を得意とする。優しさや思いやりといった感情はプログラムされていない。
日暮 闇太郎(ひぐれ やみたろう)
バトルチップ収集が大好きなオタクの青年。かつてはWWWに所属していたが、改心後は秋原町でチップショップを経営。
ナンバーマン
日暮のネットナビ。計算が得意で、彼の集めたチップデータを管理するのが役目。
大園 まりこ(おおぞの-)
熱斗たちのクラスの担任を勤める新米美人教師。
光 祐一朗(ひかり ゆういちろう)
熱斗の父。科学省でネットナビの研究をしている。ロックマンの生みの親。
光 はる香(ひかり はるか)
熱斗の母。仕事で留守がちな夫にかわって光家を守っている。料理が得意。
名人(めいじん)
伝説の69連勝を誇るネットバトル名人。エグゼ2?5では新しいナビでプレイヤーの挑戦を受ける(2ではゲートマン、3ではパンク、4ではケンドーマン、5ではフットマン)。カプコンに実在する人物(開発部のシナリオ担当・江口正和。通称「江口名人」)がモデルとなっている。
Dr.ワイリー
ネット犯罪組織、WWWの総帥。かつてはロボット工学の第一人者だったため、WWWには有能な人材が集まりやすいとも言われている。『エグゼ6』でグレイガとファルザーをロックマン、カーネルとアイリスに倒された後は改心し、インターネットの自動修復プログラム アイリス、インターネットの自動攻撃プログラム カーネルの作成に協力する。
Dr.リーガル
『エグゼ4』および『エグゼ5』に登場。表向きはZ国の研究者だが、正体は犯罪組織ネビュラのボスである。
フォルテ
コサック博士に作られた完全自立型ネットナビ。過去の事件で濡れ衣を着せられてデリートされかけた事により、人間に対して強い憎しみの感情を抱き、復讐するための力を求めてインターネットを彷徨っていた。その後ゴスペルと融合したことで記憶を失い、ただひたすらに強さを追い求めるようになった。倒したナビの残骸データを取り込み、自らの能力とする「ゲットアビリティプログラム」が組み込まれている。

現実世界の国・地域・施設
各国はその国独自の言語を持っているが、PETに備わった翻訳機能のおかげで、問題なく意思疎通を行うことができる。

ニホン
日本がモデルとなっている。

デンサンシティ
シリーズ全般において、主に活動することになる街である。各施設への移動はメトロラインを使用する。 なお、名前の語源は「電産(電子産業)」から。秋原町の名が「秋葉原」に由来し、官庁街が存在することから、東京都をモデルにしていることがわかる。
セレン ケース ルージュ データ スワップ スーパー オルグ マスイブ 碁の杯 ズッキーニ プルト ディレ ポーリア デーリー タイプ ドラゴン パスヒ バットレス ギムレ ピート トウヨ リッドカ コリー いちい パネル メタセ バンダ リファレ ブラーフ ドリティ かみいそ ひけつ ノクロス オブジェキ ヒットソ ピア ポール フルスケ ハネウェル バウチ ロスペクト レッサー アクセス ソンク ばいせん シーランド フリース しぶし レシピ ハイビ

秋原町
熱斗が住む町。住宅街である。町には秋原小学校やチップショップ「ヒグレヤ」がある。
秋原小学校
熱斗が通う小学校。エグゼ4では大幅なマップの変更が行われたため、それ以降は綾小路家の豪邸がその敷地を占めており、学校が無くなっている。エグゼ4、5ではストーリー上、学校は休みになっているが、学校そのものが無くなっている訳ではない。エグゼ6ではイベントで教室の風景が登場したが、秋原町に学校の姿は見えない。
コトブキ町
「近代的な都市」になるはずであった町。マンション等が多く建ち並んでいる。
官庁街
各省庁のある地域。日本の官庁街と同じである。ここから水道局と科学省へ行ける。
科学省
官庁街にある施設。当初は水道局と併設していたが、後に移動・分割されている。
水道局
水道管理をしている場所である。
デンサンタウン
デンサンシティの中心となる街。いくつかのエリアに分かれている。
おくデンだに
キャンプ地。奥に「おくデンダム」がある。
マリンハーバー
オフィシャルセンターがある。DNNによるテレビ撮影もよく行われる。
オフィシャルセンター
正式名称「ニホンオフィシャルセンター」。依頼掲示板があり、ライセンス取得も可能。光熱斗の父・祐一朗は一時的に科学省ではなくここに勤務している。
電気街
電気店が多く立ち並ぶ街。一番大きな店舗はジョーモン電気。奥の広場には巨大なスピーカーを伴った電波塔がある。
デンサンドーム
ネットバトル大会の会場になったり、市長が演説したりすることがある。外にはたこ焼き屋さんがある。
デンサン空港
海外に行く時に利用する空港。飛行機の見学も可能。
シェロ・カスティロ
デンサンシティ初のテーマパーク。ネットバトル大会の会場になったこともある。
よかよか村
動物園があり、屋台も多く設置されている。旅館「うらかわ」がある。
旅館
正式名称は旅館「うらかわ」。
動物園
ゾウ、コンドル、ゴリラ、パンダ、ライオン、ヘビ、キリン等の動物がいる。
ビーチストリート
港に面した町。湾岸病院もある。
TV局
デンサン・ニュース・ネットワーク(DNN)のテレビ局である。
オラン島
かつては炭鉱として栄えた島だったが、現在では無人島になっている。

2009年01月16日

倭建命は、足柄坂(神奈川・静岡県境)


テリーヌ レーション パドック コラール ランド ブリス しし唐 レッド ダラス バスタ クロノグ ティング ドライ フルカップ ゴッド ハイド カナン シダレ りつりん ひぼう チカフ ナーバス なかふら ヨゴリーノ 高菜 ドアボーイ フレナ ユズリハ 潮の香り ブラック やしゃ オリンピピ ヤラピン イスア スラム ミラージュ ビート ワイポ クローニ オゾンホ プラン シトラス やなだに テラピア セレクト バック カイドウ バルブトゥ シティ あきう
倭建命は、足柄坂(神奈川・静岡県境)の神を蒜(ひる=野生の葱・韮)で打ち殺し、東国を平定して、四阿嶺に立ち、そこから東国を望んで弟橘姫を思い出し、「吾妻はや」(わが妻よ…)と三度嘆いた。そこから東国をアヅマと呼ぶようになったと言う。また甲斐(山梨県)の酒折宮で連歌の発祥とされる「新治筑波を過ぎて幾夜か寝つる」の歌を詠み、それに、「日々並べて(かがなべて) 夜には九夜 日には十日を」との下句を付けた火焚きの老人を東の国造に任じた。その後、科野(しなの=長野県)を経て、倭建命は尾張に入る(『日本書紀』ではルートが大きく違う。書紀では上総からさらに海路で北上し、北上川流域(宮城県)まで至っている。陸奥平定後は『古事記』同様に、甲斐酒折宮へ入り、「新治…」を詠んだあと、武蔵(東京都・埼玉県)、上野(群馬県)を巡って鳥居峠(群馬・長野県境〉で、「あづまはや…」と嘆く。ここで吉備武彦を越(北陸方面)に遣わし、日本武尊自身は信濃(長野県)に入る。その信濃の坂の神を蒜で殺し、越を周った吉備武彦と合流して、尾張に到る)。

尾張に入った倭建命は、かねてより結婚の約束をしていた美夜受媛と歌を交わし、その際媛が生理中であることを知るが、そのまま結婚してしまう。そして、伊勢の神剣草薙剣(天叢雲剣)を美夜受媛に預けたまま、伊吹山(岐阜・滋賀県境)へその神を素手で討ち取ろうと、出立する(『日本書紀』では経血について詠まれた和歌はないが、宮簀媛との結婚や、草薙剣を置いて、伊吹山の神を討ちに行く経緯に差はない)。

素手で伊吹の神と対決しに行った倭建命の前に、白い大猪が現れる。倭建命はこれを神の使いだと無視をするが、実際は神自身の化身で、大氷雨を降らされ、命は失神してしまう。山を降りた倭建命は、居醒めの清水(山麓の関ヶ原町あるいは米原市の両説あり)で正気をやや取り戻すが、すでに病の身となっていた。

弱った体で大和を目指して、当芸・杖衝坂・尾津・三重村(岐阜南部?三重北部)と進んで行く。ここでは地名起源説話を織り交ぜて、死に際の倭建命の心情を映し出す描写が続く。そして、能煩野(三重県亀山市〉に到った倭建命はついに「倭は国のまほろば…」以下の4首の国偲び歌を詠って亡くなるのである(『日本書紀』では日本武尊が伊吹の神の化身の大蛇をまたいで通ったことから、神に氷を降らされ、意識が朦朧としたまま下山する。居醒泉でようやく醒めた日本武尊だが、病身となり、尾津から能褒野へ到る。ここから伊勢神宮に蝦夷の捕虜を献上し、朝廷には吉備武彦を遣わして報告させ、自らは能褒野の地で亡くなった。時に30歳であったという。国偲び歌はここでは登場せず、父親である景行天皇が九州平定の途中に日向で詠んだ歌となっており、倭建命の辞世としている古事記とほぼ同じ文章ながら印象が異なっている)。

倭建命の死の知らせを聞いて、大和から訪れたのは后や御子たちであった。彼らは陵墓を築いてその周りで這い回り、歌を詠った。すると倭建命は八尋白智鳥となって飛んでゆくので、后たちは尚3首の歌を詠いながら、その後を追った。これらの歌は「大御葬歌」(天皇の葬儀に歌われる歌[2])となった(『日本書紀』では父天皇は寝食も進まず、百官に命じて日本武尊を能褒野陵に葬るが、日本武尊は白鳥[3]となって、大和を指して飛んだ。後には衣だけが残されていたという)。

白鳥は伊勢を出て、河内の国志幾に留まり、そこにも陵を造るが、やがてまたその地より天に翔り、行ってしまう(『日本書紀』では白鳥の飛行ルートが能褒野→大和琴弾原(奈良県御所市)→河内古市(大阪府羽曳野市)となっていて、その3箇所に陵墓を作ったとしている。こうして白鳥は天に昇っていってしまう。その後天皇は、日本武尊の御名代として武部をさだめた。『古事記』と異なり、大和に飛来している点が注目される)。